その1、離れる時は必ず一言告げて



「アリスを見なかったか、エリオット」
「アリス??ここ3時間帯ほど見てねぇぜ?」

鬱陶しい昼の時間帯。
半ば苛々しながらアリスを探して屋敷中をうろつくブラッドには約束の時間が迫っていた。
役付き同士は定期的に打ち合わなければならないルール。
昼に外へ繰り出すなど狂気の沙汰以外の何者でもないが、ルールはルールなので従わなければならない。

エリオットと別れて日差しの強い屋敷の外へと身を繰り出す。
ずんずんと進んでいく先は庭園よりも更に奥の秘密の花園。

白いティーテーブルと椅子が二脚。
むせ返るような香りの沸き立つ薔薇の色は白だ―――

誰でも入れるが誰も入って来ないその場所。
いつも静かで聞こえるのは風の音のみ。

屋敷の主が愛する妻のために作ったその場所は優しくて心地よく――穏やかだ。
早足だった足の速度を落として、ゆっくりとその薔薇園へと足を踏み入れる。

「―――――」

風に揺られて本の中身がぱらぱらと捲りあがる。
地面に寝転がって、日向ぼっこよろしく寝息をたてる妻の姿に、ブラッドは苦笑しながら溜息を吐いた。

「こんな所で寝ていたら、風邪を引いてしまうぞ?アリス」

さらりと掬い取った栗色の髪が指先から滑り落ちる。
いつもは一つに纏めている長髪も、寝返りをうってバレッタが飛んでしまったのか、長い髪が芝生の上に大きく広がり流れていた。

アリスは目を覚まさない。
早く行かないとルールを犯してしまうことになるが、この穏やかな空間から離れるのが惜しくてその場に腰を下ろす。

白い薔薇はブラッドがアリスのために植えたものだ。
自分の好みは赤薔薇だが、アリスに捧げるなら白だろうと―――

無邪気・清純・純潔

眩しすぎるほど白い彼女には、赤よりも此方の方が似合う。

―――――大事にするわね、ブラッド

にこにこと上機嫌にアリスは笑っていた。
愛おしそうに薔薇を見つめる彼女の横顔が――あまりに綺麗で息を呑んだのを覚えている。

―――――こう在りたい≠ニ――この花に誓ったの

白薔薇の花言葉を知っている?

初めて出会った頃よりも、随分大人び成長した彼女は――この変われない世界で美しく変化し咲き誇る。


―――――私はあなたにふさわしい


彼女がいるだけで――自分はこの世界すら愛せそうに思う。







その2、逢った時には挨拶と口付け



「起きたのかな?アリス」
「――おはよう、ブラッド」

降ってくるから、腕を伸ばしてそれに応える。



「ただいま、奥さん」
「早かったのね…おかえりなさい、旦那様」

無事に帰ってきたことに安心して、彼の首に手を伸ばす。



「ちょっとブラッド、こんなところにいたの?」
「あぁ、アリス……昼ほどじゃないが、夕方と言えど日差しが鬱陶しくてね」

エリオットが緊急だと走り回っているというのに…
ソファで伸びている夫の頭を撫でて頬に手を添える。



「ちょ…まっ「待たない」――ぁ」

もう全部が真っ白だから、貴方の黒髪に縋りつく。



その時々によって短かったり、長かったり、貴方と体温を分け合うこの行為が好きだ。






その3、過剰に嗜好に口出さない事



朝も昼も夜も紅茶。
朝食も昼食も夕食も紅茶。
紅茶紅茶紅茶紅茶。常に紅茶。
紅茶以外の飲み物は飲み物じゃないと言わんばかりに紅茶。

夜色の艶やかな黒髪がふわふわと風に揺られる。
さらさらとしたそれをゆっくりと撫でれば、紅茶のカップを傾けながら翡翠の瞳がじっとアリスを見つめる。

「…美味しい?」

アリスがそう問うと、ふわりと微笑む翡翠の瞳。
あぁ美味しいに違いない。
紅茶を飲んでる時はいつだって上機嫌だ。

時間帯は夜。
紅茶はあまり好ましくない時間帯。
「寝られなくなっちゃうわよ?」と控えめに言うが、そんなことはお構いなしにおかわりを要求してくる。

「あぁ…紅茶が美味い」

気色悪いほどうっとりしながら言う夫。
こぽこぽとおかわりを注ぎながらその男を見つめると「私のお嬢さんも紅茶好きなようで嬉しいよ」と上機嫌に微笑んだ。

右隣には紅茶フリークの夫。
左隣には紅茶フリーク予備軍の娘。

予備軍?いやむしろもう仲間入りかもしれない。


「娘は父親に似るって、本当だったのね」


上機嫌な父娘に挟まれて、妻であり母親であるアリスは思わず天を仰いだ。



二人の約束で10のお題

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拍手ありがとうございました。

2015.08.01