貴女だって、その内飽きられるに決まっているわ

まるで嘲笑うかのように言われたそれは、何回も何十回も、それこそ何百回だって聞き、自分自身でさえ思っていたことである。

余所者は誰からも愛されると言うが、アリスは余所者だった頃からこういったご婦人、ご令嬢からは憎み恨まれ嫌われてきた。
役が付いた所でそれは決して変わらないし、自分の立場が動かない以上今後もずっとそのままなのだろう。
長い夜のパーティを退席し、帰路に着きながらアリスは盛大な溜息を吐く。
別に好かれたいとは思わないし、叶うことなら今の立場も地位も手放したくない。
全ての元凶は夫であるブラッド=デュプレで、これの妻に収まっているアリスを快く思わない者は大勢いた。



「気に食わないのなら殺そうか?」
「……やめて頂戴。ブラッドにも言わないでよ」

暗い夜の道を歩きながら、アリスはうんざりしたような声でそう言った。
一歩下がった所を、くすくすと笑いながら付いてくるのは部下だ。

「月蝕―つきはみ―≠ネら言い返すんだろうなぁ、」
「あの子はいいのよ。そういう性格だし、言い返せるだけの器量もあるし……」
「まぁ、彼女より見目麗しい人間など、早々いないからね」

そういう彼女≠熨蝠ェ美しい方だと思うのだが、考えていてアリスは嫌になった。
朱みがかった髪は肩にかからない程度で切り揃えられており、女性に過ぎては高すぎる身長と長すぎる脚は、どこのモデルだと言いたくなる。
顔立ちも、中性的で魅力。
本人曰く男性よりも女性にモテると言うのだが、確かにそれは――分からないでもない。

「私の周りは……顔面偏差値が高すぎるのよ」
「ん?君も十分可愛いと思うが?」
「……凡人よ凡人。一般人。特別不細工ではないと思うけど、整っているわけでもないし……」
「月蝕みたいに上の上とは言わないが、中の上くらいだろう。リアルな話」
「よしてよ。身内贔屓だわ。中の中の下くらいよ。どこにでもある顔」

自身の顔を覗き込んでくる部下の顔を押しのける。
「そんなに見ないでよ」と言えば、「可愛いのに」と溜息を吐かれて、アリスは困ったような顔して部下から顔を背けた。


「……でもブラッドには――綺麗な人の方が似合うでしょう?」


月蝕や、貴女のような……

あぁでもブラッドに似合う女性は部下に限らず山ほどいる。
部下の中にも山ほどいるが、それ以外にも選り取り見取り。
夜会に出ては何度も口惜しい思いをしたし、ブラッドに贈られてくる贈り物だって、未だにアリスが買えるようなものなど存在しない。

美貌があって、魅力があって、財力もあれば権力もある。
アリスとは正反対のご婦人、ご令嬢方は山ほどいるのに、どうしてブラッドは自分なんか選んだんだろうと毎度のことながら不安になった。

「似合う似合わないはともかくとして、君の言うお綺麗なだけのご婦人方は、帽子屋の好みに合わなかったんだろう」
「……ブラッドの好み、」
「帽子屋は、君のような子が好みなんだよ」
「根暗で卑屈で我が儘で自分勝手で、嫉妬深くていつもうじうじ悩んで自己嫌悪に浸っているような女が?普通の人は、もっと明るくてきらきら輝いているような女性を好きになるものよ」
「仕方が無い。だって帽子屋は普通じゃないだろう」
「…………そう言われれば、」

そうなのだけれど……

遊び半分で手は出しても、酔狂で結婚までするような男ではないと思う。
面倒事が何より嫌いなくせに、アリスのためにと結婚式を2回も開いた男。
愛されていると実感できることは何度もあったが、それでもやはり、いつか捨てられるんじゃないかという不安を全て払拭することはできないでいた。

……いやいやちゃんと、信じてはいるとも。信じている。
愛していてくれる。一番に考えてくれている。
自分の全てがブラッドのモノで、ブラッドの全ては自分のモノだ。
だから嫉妬するのは不自然なことじゃないし、醜い浅ましいとは思うけど自然なことで……ブラッドだって喜ぶし?
夜の回数だって割と多い方だ。
飽きられてはいない。まだ……飽きられてはいない。


「ははっ、月蝕に聞かれたら殴られそうな愚痴だな」
「……やめてよ。あの子本当に怒るんだから」
「そりゃあ――ブラッド=デュプレにご執心だったのはあの子もだからね。それをふっと現れた余所者の小娘に奪われたとあっては、あの高すぎるプライドもズタボロだっただろうよ」
「……もう余所者じゃないわ」
「だから、だろう?『彼女は余所者だから』という言い訳が通用しない。自分達と同じ存在になっても、それでも帽子屋は君を選んだのだから。結局帽子屋にとって、君が余所者であるか余所者でないかなど関係ないのさ」

君≠セから、妻にした。
君≠セから、愛されているんだよ。アリス。

「月蝕だって分かっている。君と帽子屋の間に入れないことも、何より自分が帽子屋に役不足であることも。そして君という人間を理解して、帽子屋ではなく君の下についている」

もし今日、君に付いて来たのが月蝕だったら、あのご婦人の首は飛んでいるぞ?
あの子は短気だから、君が侮辱されるのを許せない。
散々に言い返してボロ雑巾のようにしてから尚且つ殺しそうだ。
あの子も結構過激な子だからね。


「…連れてきたのが貴女で良かったわ」と言えば、彼女は「そうだろう?」と笑みを零す。

「気持ち的には保護者感覚だよ。主様」
「いつも思うけど、こんな上司で嫌にならないの?」
「いいや、全然?楽しくやらせて貰っているよ」
「……皆、優秀だから」
「まぁトップの君が――完全庇護対象である上、正直役に立たないからね。優秀な人間を集めざるを得ない」
「……ばっさり言うわね」

「事実だろう?」と笑う彼女に、アリスは何も言えない。
「私だって守りたいのに」と言えば、彼女は「十分守られている」と立ち止まった。



「君はこの世界で、唯一私達の存在意義と尊厳を守ってくれている。それだけで十分だ」



無意味な世界。代わりの利く世界。
この世界に生きる者の命さえ無意味であるというのに、アリスはそれに意味を見出す。意味を与える。
だから自分達は――


「私達は君が好きだよ、アリス。だから仕えている。護っている。護らせて欲しいと思う」


それは崇拝にも似た――――



「私達38名≠ヘ君のために存在する。君が君である限り、永遠に仕えてみせよう」



魔女と紅蝶

material from Quartz | design from drew

アリスの赤い保護者。38名≠フ副隊長。コードネームは紅蝶-べにちょう-

2016.04.07