ブラッドとアリスが喧嘩をすることは、あまり珍しいことではない。
本人達は真剣なのだろうが、周りから見るとあまりにくだらない……というか、惚気にしか聞こえない喧嘩をする。
砂糖に砂糖をまぶしたような、聞いているこちらが胸焼けしそうで視線を逸らすのに精一杯。
ブラッドとアリスはあれで何だかんだと仲が良いし、お互いべったべたに惚れているのだから余計に性質が悪いと思うのだ。

アリスがブラッドの理想の女性かと言うとまず違う。
ブラッドがアリスの理想の男性かと言うとこれまた違う。

だがそれでもどうしようもなく好き合っている2人は、新婚時より新婚みたいだし、昔はもっと殺伐としていたと話には聞いているが、そんなもの見たこともないし現状を考えると想像もつかないと―――第二子長男=デュプレは、現在妻と喧嘩中の父親を無理矢理連れ出し領内の見回りを行っていた。



「そんなイライラすんなって。ほらほら父さん、俺とデート」
「……何が悲しくて息子とデートなどしなくてはならないんだ」
「女装しようか?多分似合うぜ俺―「やめろ、気色悪い」―結構イケると思うんだけどな」

ショウウィンドウに写った自分の顔立ちは、自覚できるほど父にそっくりだ。
この顔のせいでどこぞの白ウサギに何度発砲されたか数えるのも億劫なほどだし、他人に愛想よく笑顔を向ければ12人中7人には「こわい」「きもい」と罵られ、中には非常に嫌そうというか困ったような顔をする時計屋もいる。
それくらい顔立ちがブラッド=デュプレに似ており、栗色の髪と彼にはない豊かな表情が周囲のHPを下げていると気付いたのは随分と前のことだった。

軽い冗談をばっさりと父親に切り捨てられ、野郎二人で夜の領土を練り歩く自分たち親子の何と滑稽なこと。
「だるい」を連発するその姿はいつも相手をしている己の姉と被って見えて、(ほんっと親子だな)とは手慣れた様子で父親を引きずって行く。
姉貴を相手に鍛えたその手腕は父親にも違和感なく発揮され、あの手この手で父親の意識を操作する姿は自分でも母親そっくりだと思った。


「塔の領土にさ、結構可愛い雑貨屋さんができたんだよ」
「…お前にそんな趣味があったとは知らなかったな」
「待って。そこで盛大な勘違い起こすのやめて?父さん」

てくてくてくてく。
人の少ない小道を少しばかり早足で歩いて行く。
他愛のない話をしながら、さり気なく噴水のある公園へ誘導しつつ、は会話を止めない。

「姉貴と母さん、あと―――叔母上で行ったんだ」
「……聞かなかったことにしておいてやろう」
「いや聞いてくれって。俺何のために話してるんだよ」
「あの女を叔母上を呼ぶな」
「はいはい女王な。んでまぁ3人で行ったんだけどさー」

ぬいぐるみコーナーみたいなのがあって。
母さんはそうでもないけど、姉貴とか叔母上―じゃなかった、女王とか、そういうの好きじゃん?
まぁ飛びつくわけだよ、三人が。
その中に一人いる俺の浮き具合ったらなかったんだけど、まぁそれは置いといて…
人形も結構種類があるじゃん。クマとか猫とかそれこそウサギとか動物系が多いわけで。

そん時にさー、姉貴が「あ、ペーター」って言って白ウサギの人形を抱き上げるわけよ。
姉貴って何だかんだ白ウサギ好きだし…いやちょっと待ってよ父さんそこで不機嫌になるなって。
まぁともかく、そしたらおもむろに茶色のクマを抱きかかえてさ、それがエースに似てるって買うって聞かなくって。
なんか並べて枕元に置いとくとかなんとかーってオーラ!父さんオーラ怖いから!

そしたら母さんがさー、役付き全員ぬいぐるみで選んで部屋に並べようかとか言い出して。
夢魔は芋虫じゃん?トカゲはトカゲだし、ピアスはネズミでボリスは猫。
エリオットはオレンジの色がなくってさーにんじん咥えた茶色のウサギにしたんだけど。
ディーとダムは子犬っぽいぬいぐるみにしたんだよ。あいつら、んな可愛いもんじゃねぇけど。
赤い首輪と青い首輪をつけたやつがあったからそれで、メリーは黄色い虎だった。
まぁ無難ちゃ無難だよな。女王のは赤い猫のぬいぐるみ。これが結構似てんだぜ?
女王も猫好きだしな。あぁそんでユリウス。ユリウスのが超面白くてさ。
母さん、あざらし選らんでやんの!俺、「あざらし!?wwwww」って思ってマジ爆笑。
もっとあるじゃん!?せめてそれっぽい色っていうかさ!
姉貴が持ってたくじらのぬいぐるみの方がまだそれっぽかったっていうか。
母さんの感性の何がどうなってそうなったのかは分かんねぇけど、灰色のごまあざらしがユリウスに認定された時は笑い死ぬと思ったね。

で、問題は父さんのぬいぐるみなんだけどさ。
まぁ中々決まらねぇわけだよ。
姉貴と女王は早々に飽きちまって向かいの喫茶店入っちゃう薄情っぷりなんだけど、俺は付き添ってたわけ。
どれがいいと思う?って聞かれても、人形なんて所詮種類が限られてるわけだし、あ、これでも俺色々案出したんだけど。
一番似てると思ったのはワニの人形なんだけど「怖い」って却下されて。
いやだって父さん怖いじゃん?って話だよ。俺らにはそんな事ねぇけど世間一般常識として。
そしたら母さん「ブラッドがいない時にそんなの抱いて眠りたくない」とかって言うからさ、うわー惚気られたよって正直俺思ったわけ。
じゃあ馬は?って言おうと思ったんだけど、何か色々考えたら下品かなって思ってやめた。
いや別に父さんを種馬だって言ってるわけじゃな、あ、いや、ごめん、今のなし。

まぁその後も色々考えたわけだって!鷹とかライオンっていう案もあったし。




「最終的に母さんが何選んだかって言うとさ」


夜の公園。
普段は人で賑わっているそこには、見る限り一人しか人はいない。
ベンチに座って、両手の手のひらを見つめて俯いている。




「手のひらサイズの、ひよこ」




抱いて眠れはしないけど、持ち歩けるんだぜ?
いやまぁ母さんのことだから、枕元には置いてそうだけどな。


「何で私がひよこなんだ……」
「可愛いからだってさ」
「………」
「母さんにとって父さんは可愛い生き物なんだと」


男としての矜持云々はあると思うけど、それも結構な愛の深さだと思いますが?


の言葉にブラッドは盛大な溜息を吐く。

「……エリオットと被る」
「言ってんの双子だけだから。黄色いひよこに手製の帽子被せてたぜ?母さん」
「どれだけ凝り性なんだ」
「いいじゃん可愛くて。父さんと喧嘩して飛び出して、夜の公園で一人ひよこ眺めるくらいには感情移入してんだろ」

ブラッドとの視線の先には、夫と喧嘩をして家出をした妻であり母親の姿。
両の手のひらをじっと見つめてぼうっとしている。



「とりあえず仲直りすれば?」

あまり重々しい感じを出さず、軽くそう言ったに、ブラッドは肩を竦めて溜息を吐いた。
ブラッドとアリスの喧嘩内容など知らないが、どうせくだらない事だろうとは思っている。
何せ父さんと母さんだ。
日がな一日時間さえあればベタベタベタベタベタベタと、愛を囁き合っているこの夫婦に深刻な喧嘩ができるはずがない。
万年新婚。周囲の使用人曰く新婚当時より新婚らしいともっぱらな二人。


母に近づいていく父の後ろ姿を見届け、はくるりと踵を返して夜道を歩き始めた。
仲良きことは美しきかな。
だが自分の両親の蜜月具合を間近で見ていられるほど己の精神は達観していない。
砂糖だけじゃない。
生クリームとかチョコレートとかメイプルシロップとか、そういうものが口から出てきそうだ。

「……だりーなぁ」

このまま真っ直ぐ屋敷に帰って、待っているのは仕事の山だ。
父の代わりに決済の判子を押さねばならない書類の束を想像して、は頬が引きつるのを自覚した。
きっとエリオットが涙目での帰りを待ちわびている。


仕事仕事仕事仕事。
寝ても覚めても常に仕事。
抗争に出向いたり、ある時は暗殺も請け負ったり、またある時は策略を巡らせ軍師の役割もこなす。
一度室内に入ればこれまた書類の山。整理、決済、訂正、提出……

たまの……ほんっとーにたまの休日は子守りだ。
主に実姉。時々妹。今回に至っては両親だった。
唯我独尊自由気ままな姉と、破天荒でやりたい放題の妹。
その間に挟まれた自分はなんて損な人間なのだろうと、時々投げ出したくなるのだが母から受け継いだ性格がそれを許してくれない。
ストレスでその内ハゲるんじゃないかと思うが、できればそれはごめん被りたい。
誰がどう見ても父に似たこの容姿がハゲるとか……俺の父への幻想のためにやめてもらいたい。

マフィアのNo.3なんて割に合わなすぎる。
No.2は頭使うの苦手だし、仕事が半分以上流れてきてるのは絶対俺の気のせいじゃない。
そう考えるとうちのボスは超人だ。
今の仕事量だけでもぶっちゃけ辞めて隠居したいくらいなのに、1から全部築き上げて今もトップに君臨しているボスの仕事量を考えると正直泣きたい。
俺はここ28時間不眠不休なんですけど、そこの所どーなんですか、お父さん。


差し当たっては、きっとこの時間帯で仲直りできるであろう両親の時間を確保するために、が倒れることなく尽力を尽くせるか――それが今回最大の課題だ。



ケーキに刺した鍵の本音

material from Quartz | title from 模倣坂心中 | design from drew

帽子を被ったひよこを見て、「あ、ブラッド」って思い書きました。勢い。

2015.09.26