「はい、パパ!あーんして?」

ふわふわと揺れる白いスカートと、栗色の髪の乗せられたピンクのリボンが可愛らしい少女。
大好きな父親の膝の上を陣取って、クッキーを彼の口元へと運ぶ少女の姿は微笑ましい。
差し出された男も、躊躇うことなく口を開けそれを含む。
昼の時間帯にこれほど機嫌の良い彼を見るのも珍しい。

「次はなにがいい?はね、このスコーンが好きなの」

ママの作ったスコーンが、いっちばんおいしいのよ!

ひょいひょいっとお菓子を手に乗せては父親に差し出す。
「パパはそんなに甘い物が好きじゃないのよ」と止めようかとも思ったが、差し出されている本人が上機嫌なので何も言えない…

「ありがとう、お嬢さん。食べさせてくれるのかな?」
「うん!」
「このお菓子は君も好きだろう?ほら、あーん」
「あーん」

ぱくり

おいしーと小さな口を動かしながら父親の首に縋り付く。
常日頃から「パパ大好き」な少女は、時間の許される限りこうして父にべったりだ。

素直で我が儘で甘え上手。
外見はアリスに瓜二つだというのに、中身は全く似ていない娘。
ならばブラッドに似たのだろうかとも思ったが、彼も決してそういうタイプではない。
強いて言うなら我が儘で自分主義な所が似たくらいだろうか?
それはそれで正直困りものだが、この屋敷の人間は総じて娘に甘い。甘すぎる。

はえらく大人しい子だったのに…やっぱり性格かしらね)

は活発だったが、我が儘という我が儘をあまり言われた記憶はない。

育て方は同じなはず。
分け隔て無く育てたつもりだし、誰かを優遇したこともない。
屋敷中が甘いのはだけではないし、にもにも、同じように甘く世話を焼きたがる。
唯一違う点と言えば、の生まれが少し遅かったくらいだろうか。
は時間感覚的に割と近しく生まれたが、を妊娠した時には既に、は少年というより青年に差し掛かっていた。
年を取ってから出来た子…とでも言えば良いだろうか。

「口元にチョコレートがついているぞ?お嬢さん」
「えー…パパとってぇ」

ごしごしとの口元を拭ってやるブラッドを見ながら、アリスは隠れて溜息を吐く。
少々甘えの度が過ぎているような気がするのだが、甘えられる本人は凄まじく上機嫌だ。
があまり手のかからない子達だった分、あれほどまでに堂々と我が子に甘えられると嬉しいものらしい。

―――――それにほら、は母さんにそっくりだし?

真顔でそう言ったの言葉に、は無言で頷いていた。
は自分に似ているから余計に可愛いのだと冷静に父親を分析する我が子二人の言葉に、アリスが突っ伏したのはそんなに昔の出来事ではない。





「パパすきぃ」
「あぁ、私も好きだよ、お嬢さん」
「かわいい?」
「もちろんだとも」

「かわいいってゆって!」
「可愛いよ。私の娘が世界で一番可愛い」

閉じ込めてしまいたいほどだ…

うっとりとそう続けたブラッドに、アリスは軽く引いている。
その顔色は若干青く、だが嬉しそうに「やったぁ」と喜ぶ娘の手前何も言えない。

なんというべたべたに甘い父娘。
が小さい頃も、今ののようにブラッドの膝の上で上機嫌だった事はあったが、それでもこんなハートが乱舞するような甘さはなかった。
無口で大人しく、あまり感情が表に出てこない一番上の娘。
それは今も昔も変わらずで、とは対照的だ。
外見だってそう。ブラッドと同じ黒髪に翡翠の瞳を持つと、アリスと同じ栗色の髪に淡い水色の瞳を持つ
並んでも姉妹には見えないし、間にを挟んでやっと兄弟と認識できるレベルだ。

と、外見中身共にかけ離れている姉妹だが、それでも仲が悪くないだけ安心だとアリスは思う。
を可愛い妹と思っているし、ことは格好良いお姉ちゃんと思っている。
アリスとロリーナのような姉妹仲や距離感ではないが、それはそれで悪くない。

変わりに――間に挟まれたが可哀相なことになっているのだが…それはここで話すことでもないだろう。

とにかく甘い。甘すぎるのだ。
ブラッドとの父娘仲が殊更に甘い。
そのうち砂糖でも吐き出しそうな甘さを醸し出す二人に、アリスは胸焼けを起こしそうだった。

ねー結婚するならパパみたいな人がいいー」
「嬉しいよ、お嬢さん」
「パパみたいな人はどこにいるの?」
「さぁ…どこだろうな?だが、パパがここにいるからいいだろう?」

結婚などと、そんな寂しいことを言わないでくれ。
君が見初めた男など、八つ裂きにしても腹の虫が治まりそうにない。

そんなこと幼い娘に言わないで頂戴と突っ込もうとした所で、「私も結婚するなら父様のような人がいい」という声が辺りに響く。

「…?」
「私も結婚するなら父様のような人がいい」
「…二回言わなくても聞こえているわ。今紅茶を淹れるわね」
「ありがとう、母様」

ガタリとアリスの目の前の席を引いて着席する
二人の娘に「結婚するならパパ」と言われてブラッドは感動に打ちひしがれている。

大きくなったらパパと結婚するの!

父娘の定番と言ってもいい台詞だ。
まだ幼少のならまだしも、そこそこいい年になったにさえそう思われるとは…ファザコンもここまでくると考えものだ。

だがふと――アリスは気付く。

「パパと結婚する、じゃなくて、パパみたいな人?」

小首を傾げて娘にそう尋ねると、「うん!」と太陽のような笑顔がアリスに返ってくる。

「だって、父様は母様のものでしょう?」
「だから、パパとは結婚してあげなーい」

「………」

「賢い娘達だ。父様は嬉しいよ」

「っ嬉しくない!!」

「そう。父様は母様のものなんだよ?母様だけが特別だ」
「!!」

顔を真っ赤にしてアリスはテーブルに突っ伏せる。
夫の告白と、それをさも当然のように受け入れ「やっぱりパパみたいな人と結婚する!」という明るい声が更にアリスの羞恥心を誘う。

娘達は総じて賢い。
年頃特有の子供らしさが無いのはこの世界だからか、それとも家がマフィアだからか…
どちらにせよ普通ではないこの感覚に、アリスの思考はついて行けない。
いやいや、賢いのは良いことだ。良いことなのだがこれは――いかがなものだろう。

きゃっきゃと戯れるブラッドと
その隣では珍しくも上機嫌に紅茶を飲んでいる。

大好きな父様。大好きなパパ。
そしてそれほど大好きな父が特別だという母は、二人の娘にとっても史上最高に特別だ。



「拗らせてますね〜」

楽しそうにメイドが言う。
「ファザコンをね…」とげんなりした声でアリスが言うと、「いえいえ〜お嬢様方はマザコンの方も拗らせています〜」と遠慮のない返事が返ってきた。

父を愛しているのは、大好きな母が好きな相手だから。
母を愛しているのは、大好きな父が好きな相手だから。

良くも悪くも両親至上主義。

嬉しことだ。嬉しいことなのだが、娘達の将来が心配過ぎて、アリスはテーブルから顔を上げることができなかった。













「若様は〜ご結婚なさるなら、やはりお母様のような方がよろしいのですか〜」

ふと響くメイドの声。
ブラッドとアリスが娘から目を離してそちらへ顔を向けると、そこにはケーキに手を伸ばそうとしているの姿があった。

「腹減ってたんだよな〜もーらいっと。……で、え?何結婚?」
「はい〜先ほどまで〜理想のタイプをお嬢様方が話していましたから〜」

「ふ〜ん」と相づちを打ちながら、の隣に腰を下ろしたは再度ケーキに手を伸ばす。



「俺は、結婚するなら父さんみたいな人がいいなー」



さらっと、真顔で、当然のことのように言い放った息子に、ブラッドとアリスの顔が固まる。

「…やっぱり父様よね」
「だな」
「理想の女性像としては母様だけれど、結婚するなら父様だわ」
「真面目で誠実で包容力があって財力もあれば権力もあるし、何より外も中も格好良い」
「でも…お前、男よ?」

お前はそう成らなくてはいけないと思うのだけれど…

の言葉に、は少し考えるふりをして「でもやっぱり結婚するなら父さんだろ」と呟く。

すっとブラッドがから視線を逸らした。
こらこら、お前の息子だろう。あの子も可愛いお前の息子だろと突っ込みたい気持ちを抑えながら、アリスは額に手を当てる。

「父さんが、最強で最高だ」
「……最強で最高なのは母様でなくて?」

ん?とアリスが首を傾げる。

「最強で最高な母さんが、世界で一番愛してる父さんが最強で最高だろ?」
「あぁそういうこと…それなら納得だわ」

いやいや意味が分からないから。

アリスの心の中での突っ込み虚しく…双方共に納得した姉弟は別の話題へと流れていった。
ブラッドは思考することを辞めたようだ。
何も聞かなかったふりをして、膝の上のに甲斐甲斐しくお菓子を運んでいる。

さすがはブラッドの子ども。
自分の子どもでもあるのだが、思考回路の全く読めない子ども達だと、アリスは一人項垂れた。



Dear My Father

material from Quartz | design from drew

3人揃って父親が好き。でも母親はそれを越えて特別。母がいれば世界は回る。

2015.08.16