「どうぞ」
「……いや、どうぞじゃねぇよ」
青い空。白い教会。
庭には白薔薇が咲き誇り、さわさわと吹く緩い風に時折花びらが舞う。
本日快晴。だが教会に人の気配はなく、一般客も、常駐している神父やシスター、聖歌隊も、普段存在しているものが何一つない。
入り口の閉じられた教会。その数段しかない階段の下に、アリスはティーテーブルを用意し、椅子を引き、紅茶を入れて訪れた客人に声を放った。
「折角淹れたのに…美味しいわよ?ダージリン」
「お前立場分かってんのか」
「ここは私の領域だもの。危害を加えられるものならやってみればいいわ」
席に着き、紅茶を一口含むとアリスの好きな香りがする。
さすがはブラッド…いい紅茶だとうっとり目を細めると、席に着かず立ちっぱなしだった看守姿の男が嫌そうに顔を歪めた。
「この間…囚人を一人匿っただろ」
「匿っただなんて人聞きの悪い…訪ねてきたから相手をしただけよ」
「同じじゃねぇか。人の仕事のペース乱しやがって」
「仕事なんてホワイトさんに押しつけとけば?紅茶、冷めるわよ」
「飲まねぇよ!」
声を荒げながらも何だかんだと席に着くこの男が、アリスは嫌いじゃなかった。
「…ガキができたって?」
「え?あぁ…女の子よ。生まれるのはもうちょっと先かしら」
「お前が母親ねぇ…」
「可愛がってあげてね」
「誰が可愛がるかよ。気持ち悪ぃ」
帽子屋とお前のガキなんざ、ロクなもんじゃねぇ。
白い花びらが舞う庭を見渡しながら、ジョーカーは舌打ちをする。
顔中に大きく「居心地が悪い」と書いている男を見て、アリスが噴き出すと彼は「クソが」と悪態を吐いた。
「もうすぐ恩赦の季節ね」
「…あぁ、だりーけどな」
「教会は閉めなきゃね。邪魔になるから」
「一生閉じてろ。お前の役と俺たちは相容れねぇ」
「同じ管理者≠ネのに」
「てめぇは役人≠カゃねぇ。管理者≠ヘ管理者≠ナも、お前が管理してるのは死≠フみだ」
時計屋とはまたベクトルの違う死の管理者
増やすことも減すこともできない。直すことも壊すこともできない。
魔女はただ見ているだけ。直り増えるのを、壊し減らされるのを…
見ているだけの役だ。
そんな彼女が母親になると言う。
子どもを生み出すという。
世界で最も意味のない役に就いた彼女が、ただ存在し見続けるだけの彼女が、何かを作り出すという。
それはとてつもなく、狂ったことだとジョーカーは思った。
「サーカスが始まるまでには、生まれると思うんだけど」
「…連れてくる気かよ」
「連れて行かないわけないでしょう?」
「うぜぇ…」
アリスの――大きく膨らんだ腹を見て、ジョーカーは顔を歪める。
生まれてこなければいいとすら思う。
生まれたところで役無しだ。無意味な存在。代わりで溢れている。
こんな世界に生まれてくるなど…ロクなことにならない。
関わりたくもない。見たくもない。
「――――帰る」
がたりと席を立って、ジョーカーは白い薔薇の咲き誇る庭を出口に向かって歩いて行く。
アリスは何も言わない。
ただジョーカーの背中を見つめて、寂しげに笑うだけ。
ジョーカーはアリスが嫌いじゃなかった。
アリスはジョーカーが嫌いじゃなかった。
ジョーカーは看守だった。
アリスは余所者だった。
ジョーカーは役人だった。
アリスは魔女だった。
どう足掻いても決して交われない二人は、それでもお互いを好んでいた。