「いやーーーー!!!いやったらいやーーー!!!!」

大きな水色の瞳からボロボロと涙を零す栗色の少女を目の前に、あわわわと慌てふためくオレンジのウサギと門番達。

「ご、ごめん!!!でもな?どーしても外せない仕事が…」
「いやぁぁぁ!!いや!!!!!」

!ほら!こっち見て!お菓子があるよ!!」
「そうだよ、の好きな人形だって――」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

ギャーーーと泣き叫ぶ少女に三人の役付きは顔面蒼白で、控えている使用人もおろおろと見守るばかり。
栗色の少女の悲痛な泣き声は嫌が応でも皆の心に突き刺さる。
お姫様よろしく大事に大事に、とびきり甘やかされて育った少女は大分…そう大分我が儘になってしまったが、それでも生まれた瞬間から屋敷中のアイドルで今更そんなものマイナスにならない。
フリルのついた淡い水色のワンピースを、小さな手でぎゅっと掴んで少女は泣き叫ぶ。
栗色の長い髪に水色の瞳、それに加えて顔の造形までそっくりそのまま、生き写しだと言えるほど母親に似た少女の泣き顔は、その場に居た者全員に精神的ダメージを与える。

「行ぐのぉぉぉ!!ゆうえんちぃぃぃ!!!!!!」

そう。この時間帯、エリオットと双子は少女と遊園地に行くという約束をしていた。
ゴーランドにも事前に尋ねる許可を正式にとって、ボリスも楽しみにしてるよと笑顔でを抱っこしていた。
子どもにとって遊園地という場所は魅力的だし、何より一体誰に似たのか異様なほど猫が大好きな少女。
遊園地にも行けて猫とも一緒にいられる。
そんな夢のような場所を訪れるのを、それはもう楽しみにしていたのだが、 連れて行くはずの三人に重要な仕事が入るというこのタイミングの悪さ。

もちろん少女の父親はそんなこと知らない。
ゴーランドに許可を貰ったのは彼の妻であり少女の母親。
『ブラッドに知られたら面倒だから、三人ともお願いね?』と不安げに言っていた彼女に、その三人はそれはもう元気よく頷いたのだ。

まさか…三人揃ってボス直々に仕事の命令を下される事態になるなど誰が想像したか。

娘を遊園地に行かせたくないための強攻策じゃないかと三人は疑っていたが、 実際切羽詰まった用件ができたのだと説明しに来てくれたのは彼の妻。
疑う余地なく仕事である。

「ゆう…っえん、ち!行ぐって…行ぐってぇぇぇ!!!!!」

「わーーー!ごめん!ごめん、!!次、次に…」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

鼻を真っ赤にして泣き叫ぶ少女を見て、エリオットも地味に涙目になっている。
少女の母親――アリスがいたら娘を宥めてくれたのかもしれないが、彼女は彼女で別件があり、早急に外出してしまっている。
このまま泣き叫んでいたら屋敷の主が…少女の父親が出てきそうで怖い。
門番や使用人はちらちらと屋敷の出入り口を気にしていて、いつブラッドがこの場に現れるかと気が気でない。

を遊園地に連れて行こうとしていた。
それだけでもまずいのに、泣かせたとなったら正直どうなるか分からない。
仕事に行く前にこの場の全員が蜂の巣にされる。絶対される。






「……何してるの」

庭全体にの泣き声が響く中、酷く冷静な声がその場にいた人間の耳に入った。
全員が思わず背後を振り返ると、そこには真っ赤なワンピースとコートを身につけ、黒いブーツを履きこなし、 艶やかな夜色の髪に小さな黒のシルクハットを乗せた女が立っている。
「だるい…」と一言、黒の日傘を差して鬱陶しげに昼の日差しを見上げる彼女に、その場にいた全員がある種ほっとしたような表情を見せた。

!良かった、あのね、僕と兄弟の代わりにを――「嫌よ、遊園地なんて」―あぁうん、大嫌いだもんね。遊園地…ボスと一緒で……」

っていうか…最初から聞いてたならもっと早く出てきて欲しかったんだけどなぁ…

ディーが言葉を言い終わる前に却下してくるの瞳は冷たい。
黒色の髪と翡翠の瞳。その眼光の冷たさがブラッドそっくりで、エリオットは思わず視線を逸らす。

「おねえ…っぢゃ…っく、ゆうえん、ちぃぃ!!」
。お姉ちゃんは遊園地無理。父様も…多分無理

多分っていうか、絶対です。

その場にいる者の心がシンクロする。
いかに可愛い愛娘のためでも、昼の遊園地にブラッド=デュプレが足を運ぶことはまずないだろう。
むしろあったら天変地異の前触れに近い。

「うぇぇぇん!!やだぁぁぁぁ!!!」
「………」

ー…顔にだるいって書いてるよー…」
「兄弟の言う通りだよ…妹には優しくしなさいってお姉さんが言ってたじゃないか」

だるそうに、鬱陶しそうに眉を顰めるは無言での頭を撫でる。
これでもめちゃくちゃ気を遣っている方なのは分かっているが、いかんせん中身がブラッドにそっくりな彼女は自分の感情を隠すのが苦手だ。
嫌なことは嫌。だるいものはだるいし、やりたくないことはやりたくない。
という妹のことは何より大事に想っているが、それよりも自分の欲求に忠実な性格のに、三人の役付きは苦笑する。

「…母様は?」
「奥様は〜急なお仕事で教会に〜」

「お前達三人とも仕事なの?」

「う…俺は、交渉に」
「僕たちは…多分戦闘になるから…」
「うん…戦闘要員…」

沈黙の広がる四人の間で、響き続ける少女の泣き声。
の服に涙のシミが広がり始めているが、縋り付いてくる妹の頭を姉は必死で撫で続ける。

それでも自分が連れて行くからと言わない限り何というか…である。






「おーい、姉貴ー。めっずらしーな、昼の時間帯に庭に出てるなんてーって…何だよ、。お前何泣いてんの?」

「!!」

突如、晴天の中響き渡る声。
来た。救世主だ。彼こそ我らの救世主。
あまりの感動に思わず涙を零しそうになったのはエリオットで、ダムに至っては「助かった…」と本音がダダ漏れである。

「…
「おにいぢゃぁぁん…っ」

黒のシャツとスラックス。
比較的軽装な格好を好む青年の髪は栗色だ。
の腰に掻きついていたは、兄の姿を確認したと同時にそちらへと駆け寄り縋り付く。
日頃からよく妹の面倒を見ている兄は、そんな少女の様子に首を傾げながらよっと軽々抱きかかえてみせた。

「なんだなんだ…どうしたんだよ、

姉貴に泣かされた?んなわけねぇよな…姉貴はお前に甘いし…

「遅い、
「姉貴はへの優しさを俺にも分け与えるべきだと思う」

冷たい目で弟を見つめる姉の姿に、弟本人の心がくじけそうだ。
力関係が歴然としている姉弟に、使用人達は苦笑しか浮かばない。

「遊園地に連れて行って欲しいんだって」
「あー…そういや母さんがメリーのおっさんと話てたっけなー」
「連れて行ける人が屋敷には残ってないみたい」
「いや父さんと姉貴……無理だな。愚問だったわ」

眉間に皺を寄せて不機嫌を露わにする姉に、は「スカート濡れてるぞ」とハンカチを差し出す。
鬱陶しそうに日差しを睨み付けるは、それを受け取った後、すっと踵を返して屋敷の方へと歩き出した。

がいれば大丈夫と判断したのだろう。
あの様子だとカーテンの締め切った自室に篭もって、紅茶を飲むか寝るかするに違いない。
生活スタイルが父親とそっくりなのだ。
年頃の淑女がそれでいいのか、と…は常々突っ込みたい気持ちになる。

「ゆうえんちぃぃぃ」

「あーはいはい。行こうな。兄ちゃんと一緒に行こう、

ぐずぐずと涙ぐみ、首筋に縋り付いてくるの背中を叩きながら、視線で「もういいから」と三人の役付きと使用人達に手を振る。
ほっとした表情を隠しもしない彼らは、こそこそと…だが早足にその場を立ち去っていき、残されたのは栗色の兄妹だけになってしまった。








「何に乗りたいんだ?
「んとね、じぇっとこーすたー」

ボリスくんと乗るの

ティッシュで妹の鼻を拭いてやりながら、「そうか」とは微笑む。
はこの優しい兄が大好きだった。
父と同じ顔。母と同じ髪。
いつもニコニコと穏やかで、姉と自分の面倒を見てくれる兄が好きだ。

「アイス食べたいなー。割と暑いし」
もたべる!」
「ぬいぐるみのコーナーも見ような。姉貴へのお土産」
「うんっ」
「エリオット達にも迷惑かけたんだから、何かお菓子とか買って帰ろう」
、おこづかい足りる?」
「ははっ、いいよ。俺が出すから」

帽子屋領を出る前に、足が疲れたというを肩車して遊園地領へと足を踏み入れる。
遠くから聞こえてくる賑やかな音に、のテンションは急上昇だ。
遊園地の入り口には、待っていてくれたのかピンクの猫が見える。
「おーい」とは手を振りながら、(この時間帯ひっさしぶりの休みだったのになぁ)とを肩から下ろして、苦笑した。



こういう力関係です

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唯我独尊な長女、常識人故苦労人の真ん中長男、甘やかされ放題我侭全開の末っ子次女

2015.08.14