フリルのついた真っ赤なワンピースに、薔薇のアクセントが可愛い黒の靴。
夜色の艶やかな髪には小さなシルクハットを乗せて、大嫌いな日差しから身を隠すように日傘を持ち歩いて一人の少女が庭園を走っていた。
あら〜どこへ行くんですか〜お嬢様〜
間延びした使用人の声にふっと立ち止まり、一言「とうさま」と簡潔な言葉を吐く少女に、屋敷のメイドさんは「あぁ〜」と顔を綻ばせ「あちらでお茶会をしていますよ〜」と庭の奥を指さす。
無口な少女はぺこりと頭を下げて、指さされた庭の奥へと小さな足を進めていく。
いくつもの大きな噴水を素通りし、ようやく辿り着いたティーテーブルへ近づくと、少女のとうさま≠ェ「おやお嬢さん、お散歩かな?」と口元を緩めた。
ひょいっと少女を持ち上げ自分の膝の上へと座らせスコーンを手渡すとうさま≠ノ、少女はふっと表情を緩めてぱくりと一口それを頬張る。
「かあさまの」
「ん?あぁよく分かったね。母様の作ったスコーンだよ」
「おちゃ」
「今用意しよう。お嬢さんはまだ小さいから、アイスにしなくてはな」
紅茶はホットのストレートがいいんだが…お嬢さんが火傷をしては大変だ。
隣の椅子に少女を下ろし、いそいそとアイスティーを作るとうさま≠フ事前準備は完璧だ。
いつでもどこでもアイスティーが作れるようにと、それ用の道具を持ち歩くようになったのはいつからだったか。
そんなとうさま≠フ横で、ぱくぱくとオレンジ色の物体を次から次へと口に運ぶウサギをじっと見つめていると、視線に気付いたオレンジのウサギが「お、食うか?」とそれを差し出す。
「…いや」
「えぇ!?なんで!!?」
ばっさりとした拒否の姿勢。
その幼い顔一杯に広がる嫌悪の表情は少女の大好きなとうさま≠サっくりだ。
がーんという効果音が聞こえてきそうなほど落ち込むオレンジのウサギに、「ざまぁみろ」と青と赤の少年が囃し立てる。
子どもとも大人とも言えない年齢層で笑う双子の表情は子どもと大差ないが、これでも必死に少女のおにいちゃん≠ナあろうとしているのだから可愛いと思う。
「ウサギの食べ物をが食べるわけないだろ!」
「に変なもの食べさせるなよ、ひよこウサギ」
「んだとてめぇら…!俺はウサギじゃねぇ!!!」
なぁ!?!!
オレンジの耳をひょこひょこ動かしながら少女に問いかける紛れもないウサギ。
そんなウサギを少女はじっと見つめて―――――目を逸らした。
「なんで!?」
「やーいやーい!ひよこウサギ!」
「に無視されてやんの!ひよこウサギ!」
オレンジ色の物体だろうが動物だろうが、避け方がとうさま≠サっくりになっていく少女はストローに手を伸ばしてアイスティーに口をつける。
もう一個とスコーンに手を伸ばす少女に、バケットごと寄せてあげると、ふっと目を輝かせて「ありがとう」と言った。
とうさま≠筆頭とした屋敷の人間に甘やかされまくって育った少女だが、誰に似たのかもしくは誰の教育が良かったのか真っ直ぐすくすくと育っていく。
読書と紅茶とお花が好きな大人しい少女。
先日は初めての引っ越しを経験したし、その前にはサーカスも見た。
記憶にあるか定かではないが、汽車に乗って旅行にも行った。
この世界には、まだ少女にとって物珍しいものが沢山ある。
「会合用に…お嬢さんの服を新調しなくてはな」
「その前に、地形が安定したらクローバーの塔に行くわ。ナイトメアに会いたいの」
は、ナイトメアに会うの初めてだものね?
そう言って少女の頭を撫でるかあさま≠ェ発した音に、少女は聞き覚えがあった。
「ないとめあ――」
「そうよ」と微笑むかあさま≠ノ、どこか苦い顔をしたとうさま≠ェ「そんなの会合の時でいいだろう」と呟く。
「駄目よ。この子が生まれる前に引っ越しで別れちゃったから、ナイトメアすっごく落ち込んでたのよ?」
「…なんで芋虫なんかに私の娘を――」
「グレイだって楽しみにしてくれていたのに…部屋一個潰すくらいのぬいぐるみ、貰ったじゃない」
「ふん…私よりも先にこの子の存在を知り、あまつさえ声まで聞いた罰だ」
眉間に皺を寄せながら紅茶を飲むとうさま≠ノ、かあさま≠ヘ「そんなこと言わないの」と苦笑を零しながらお腹を撫でる。
「もしかしたらこの子の声も聞こえるのかしら?性別が早く分かって準備ができるわね」
「ぜっったいに聞かせるんじゃないぞ!?」
「……そんな無茶な」
かあさま≠フ大きく膨らんだお腹に手を伸ばすと、とくんと小さな音がする。
「も、弟か妹か早く知りたいわよね?」
「駄目だ駄目だ!娘だろうと息子だろうと私が一番先に――――!!」
「うるさい父様ね〜」と笑うかあさま≠ヘ楽しそうで、少女はこてんと首を傾げて「ないとめあ、いつあうの?」と尋ねる。
息を呑んで愕然とした表情をするとうさま≠ノ、かあさま≠ヘくすくすと笑いながら「あと3時間帯くらいしたらね」と―――スコーンを一つ、少女に差し出した。