ばさばさばさ!

高級紙に上品なリボン。
見ているだけで溜息が出そうなそれに包まれたいくつもの箱を、女は無造作に芝生の上へと投げた。
女の後ろでは数人のメイドがニコニコとしながら「お手伝いしましょうか〜?」とゆるい声をかけている。
その傍らには投げ捨てたものと同じような大量の贈り物。
メイドの手にもそれらは抱えられており、女は一つずつそれを受け取りながらメッセージや手紙だけを他へと寄せて芝生へと投げた。

「大丈夫よ。確認して投げるだけの作業だもの。ごめんなさい、こんなに荷物を持ってきてもらって」

メイドに視線を向けることなく淡々とそうそう言い放った女に、
メイド達は「お構いなく〜」「当然のことです〜」とやる気のなさそうにかつどこか喜びながら贈り物をせっせと女に運ぶ。渡す。
ばっさばっさと投げ捨てる彼女は誰がどう見ても不機嫌だった。
投げた箱の中身からガチャンという音がしても気にしない。
芝生の上にどんどんどんどん積み重なっていくそれらを見て、メイド達だけが楽しそうにしている。

「お待たせしました〜」

メイドの傍らにあった贈り物も残りわずかという所で、別の使用人が複数やってくる。
女はそれをちらりと一瞥した後、また贈り物へと視線を走らせながら「ごめんなさい、重かったでしょう」と彼らを気遣う素振りを見せた。
「いえいえ〜」「楽しみです〜」とこちらもニコニコしている使用人が抱えているのは大量の段ボール。
中身は女が頼んだ代物で、準備万端ねとここでようやく彼女は笑みを零した。

ん。これで最後。

手のひらに乗るサイズの最後の贈り物を手にとって、女は無造作に投げ捨てられた贈り物の中にそれを渾身の力で叩き付ける。
箱同士がぶつかり合い、またガチャン!と何かが割れる音がしたが気にしない。聞こえない。


女はふぅと溜息を吐きながら、腰に手をあて「よしよし」と土にまみれで変形してしまった贈り物を見て満足げに頷き、くるりと背後に控えるメイド達に笑みを向けて「じゃあ始めましょ!」と明るい声を上げた。

一番近くにいたメイドに手を伸ばして、用意してもらったマッチを握りしめる。

ためらう事なくしゅっと火をつけ山のようになった贈り物の中へ投げ込むと、それらは当然ぶすぶすと音を立てて燃え始めた。

「・・・ちょっと火力が弱いかしら?ねぇ、ガソリンとかある?」
「ガソリンはありませんが〜火薬は用意しておきました〜」
「爆発しないようなら何でもいいわ。ちょっと足してみて」
「はい〜かしこまりました〜」

メイドが火薬を投げ込むと、爆発とまではいかないまでもボンっ!という音を立てて箱が宙へと浮く。
女の望む通り火は大きくなっていき、黒い煙がもくもくと上がっていく。
「そろそろでしょうか〜?」火に勢いがついた所で使用人は段ボールを足下へと置き、中身を取り出そうと普段になくはしゃいだ様子でそれを取り出した。


出てきたのは・・・芋だ。


「奥様のご指示通り〜大量に注文しておきました〜」

奥様と呼ばれた女、アリス=リデルは満弁の笑みで「楽しみましょう。焼き芋大会」と、
積み重ねすぎて遠くの方へ転がってしまっていた贈り物を火の中へと放り込みながらそう告げた。
使用人やメイド達と芋を片手に和気藹々と火を囲む。
何度も言うが燃えているのは高級紙に包まれ上品なリボンの結ばれた贈り物だ。
箱が焼けて割れた茶器が見え隠れしているが誰も気にしない。言えやしない。

笑顔だけは完璧で美しい奥方だが流れる空気は冷たくいかにも怒っている。

そんな風に怒っている彼女が始めたこの焼き芋大会だが、周囲の使用人・・・特にメイドは嬉しそうに参加していた。

「あぁ〜なんだかこう〜胸がすーっとしますね〜」
「ほんとです〜常々こうしてやりたいと思っていたんですよ〜」
「ねぇ奥様〜この贈り物の送り主も焼いてしまいましょう〜?」

嬉々として放たれる言葉は怖い。
普段はそんな発言に眉を潜める奥方だが、今は完璧な微笑みで「そうね〜」なんて間延びした返事をしている。

彼女の背後に散らばっているメッセージカードや手紙の束が本当に怖い。

「エリオット様〜こちらの箱ににんじんが入ってます〜」
「・・・お、おう・・・」
「奥様が〜エリオット様のためにと〜最高級のにんじんを〜」
「へ、へー・・・そうなのか、あ、ありがとな!アリス!」

嬉しいが、怖い・・・

エリオットは些か顔が引きつるのを自覚しながらも、アリスに向かって手を上げお礼を言う。
彼女はにっこりと笑って「いいのよ、エリオット。燃やすものはまだまだあるから楽しんでいって」と頬を染めながら美しく笑う。
エリオットにはそこで頬を染める理由が全く分からない。照れているのか?え?何に?

そぉれ!とかけ声を合わせてきゃっきゃうふふとメイドとはしゃぐこの屋敷の女主人に、エリオットは好物のにんじんを握りしめたまま一歩後ずさりした。









「・・・おい。何だ、この騒ぎは・・・」

昼の時間帯。太陽の出ているこの時間帯に屋敷の主が庭へ出てくるのは珍しい。
どうにでもなれと半ばヤケになって焼き芋大会(彼にとっては焼き人参大会)に参加していたエリオットは、敬愛する上司を見つけてそっと目を反らした。
隣には芋じゃなくきのこを焼いている双子がおり、使用人の数も大会開催時よりは格段に増えている。
燃えている火の勢いは今のところ衰えそうにない。
いつの間にかまだ綺麗なままの贈り物までアリスの後ろに増えていた。もうほんと怖い。
黒い煙はもくもくと立ちこめ、用紙や箱だけでなく中身も一緒に燃やしているものだから少々異臭が鼻につくが気になるほどではないものの、エリオットには火の中を見る勇気はない。
茶器や貴金属が黒くなっていく様など、それを見て喜んでいるのはアリスを筆頭としたメイド達だけだ。もうほんと怖い。何回でも言う。怖い。

「あ〜ボス〜〜ボスも焼き芋食べますか〜?」

「・・・・・・・・・」

このメイド強ぇな。

はぐはぐとにんじんを食べながら、エリオットはにこにことブラッドに声をかけたメイドを見て正直そう思った。
それもそのはず。だってこのメイドはアリスの専属メイドだ。

アリス=リデルがブラッド=デュプレの妻になってから長い。
彼女に出会った頃はおろか、結婚式すらもう半分も思い出せないほど記憶の中で遠い過去になってしまっている。

アリスは帽子屋屋敷の女主人だ。
誰もが知っているしエリオットでさえ彼女は自分の上司だと認識するほどに。
エリオットや双子に直属の部下がいるように、アリスにも彼女直属の使用人やメイドが存在する。
贈り物を運んできたメイド、手渡したメイド、芋を運んできた使用人、マッチを手渡したメイド。
全てが彼女の直属だ。
きゃあっと可愛らしい悲鳴を上げながら大きな箱を火の中へ放り込むアリスと数人のメイド。

実態は・・・そんな可愛らしいものじゃない。

笑顔だが、アリスの纏う空気は冷えている。
視界の端で、ブラッドが一歩後ずさるのが見えた。

「ボス〜お茶の用意ができました〜」
「・・・この煙くさい中で紅茶を飲めというのか・・・この私に・・・」
「奥様が是非にと〜」
「・・・・・・・・・」

一瞬・・・ブラッドの纏う空気も冷えかかったがそれはすぐに散った。

奥様。そう奥様だ。アリスは今、多分猛烈に怒っている。



「・・・なぁ、奥さん」

ブラッドは凄い。
この中でアリスに話しかけるのだからさすがブラッド。さすが家長。夫の鏡。

「これは・・・一体何をしているんだ?」
「見てわからない?焼き芋大会よ」

エリオットが食べてるのはにんじんだけど。
いつも頑張ってるエリオットのために最高級のにんじんを2箱も用意したのよ。

明るく笑顔を振りまくアリスに、ブラッドは顔を引きつらせた。
燃えている火の中にちらりと視線を走らせば・・・むき出しになって黒くなっている茶器と貴金属の山。
袖だけになってしまった洋服などもある。
ついっと妻の足下に目を向ければ美しい字が印象的なカードと手紙の束・・・

「アリス・・・」
「なあに?」
「一応聞こうか・・・何を燃やしているんだ?」
「貴方に届いた贈り物の山よ。」

ちょこちょこ届くでしょう?
だから倉庫の方に貯めておいたの。こうして有効活用しようと思って。

「奥様〜これなんかよく燃えそうです〜」そう言って贈り物を抱えたメイドに、アリスは「まぁいいわね」と声をかけて視線で火の中へ放り込むよう指示を出す。
ボスの前だろうが迷いなくその贈り物を炎の中へ投げ込んだメイドを見て、ブラッドは「・・・教育が行き届いているようで何よりだ」と呟いた。

「メッセージカードと手紙は一応中身を確認しておこうと思っているの」

頬を染めて照れ笑いするアリスに「送り主も焼いちゃいましょうよ〜」とメイドがはしゃぐ。
照れ笑いとか全くもって似合わないそのアリスの笑みに、ブラッドの顔色はどんどん悪くなる。

「・・・してないぞ?」
「・・・何を?」
「浮気などしていない」
「浮気していたらあの火の中に入るのは貴方よ?」
「・・・・・・・・・」

焼き討ちですね。火あぶりですね。分かります。

さすがはお姉さんだね、兄弟。
うん。さすがはお姉さんだ、やることが違うよ。

関心した素振りを見せる双子に珍しくエリオットは何も言わなかった。
賢明なウサギさんだ。彼は最近少し賢くなったのかもしれない。
あるいはブラッドよりアリスの方が怖いのか・・・

「ブラッド。贈り物を断ってくれていたじゃない」
「・・・あぁ。今も断り続けている」
「それでも贈られてくるものはあったでしょ?でもそれはまぁ仕方が無いことだと思うのよ」
「確かに・・・そうだな」
「送り主をどうこうするのは私の趣味ではないし、血生臭いことは嫌いよ」
「あぁ知っているとも」

だけれど・・・

そう言葉を続けたアリスの目はすっと細められ、燃え上がる火を見つめながら忌々しいと言わんばかりに手に持っていた贈り物を投げつける。


「私と貴方が・・・結婚式をした途端に贈り物が増えるっていうのはどういう事なのかしら?」
「・・・・・・・・・」


アリスの言葉に、そうなのか?とブラッドは近くにいたメイドに視線で尋ねると、メイドは険しい顔で深く頷いた。

「それって、お姉さんが軽く見られてるってことなのかな?兄弟」
「結婚式・・・お披露目をした途端にってことなら、そうじゃないのかな?兄弟」

顔を見合わせる双子に「そうですよね〜」と不機嫌そうな使用人の声が被る。

「奥様を〜舐めているんですよ〜」
「許せませんよね〜」
「ねぇ〜ボス〜?焼き殺しちゃいましょうよ〜」

アリスは苛立っていた。

彼女がブラッドの妻になったのはもう随分と前の話だが、組織や領土、他領に正式にお披露目したのはつい最近のことである。
アリスたっての希望で2回目の結婚式もした。
組織の人間や他領の役付きを招待して式を行い、その他一般市民を招いてのガーデンパーティなんていうものを催しアリスの存在を全土に広めたのはブラッドだ。
それはいい。それはアリス自身も承認したし、何よりちゃんとした結婚式を望んだのはアリス本人で何の意義も不満もなかった。
むしろ喜ばしかった。あんなに嬉しい日はなかったとアリスは思っている。

だがその後が苛立ちの連続だった。

お披露目から3時間帯後。
たった3時間帯で女性から夫への贈り物が届いたのだ。
メッセージカードや手紙の中身を見て愕然とした。
一目見た時から、とか、あの一夜が忘れられません、とか・・・そんなものは前から来ていたのでこの際いい。
そうじゃなくて・・・

あのような奥方様では満足されていないのではありませんか?
政略的ご結婚とは大変でございますね

身体の中がすっと冷えた。
よっぽど自分の容姿に自信のあるご婦人方なのだろう。
あぁ、夫の周りにはそういう女性が実に多い。

アリスとブラッドの結婚を、政略的なものだと決めつけていた。
アリスはブラッドに愛されてなどいないと、他人に決めつけられた。

そういった内容の手紙は非常に多く、贈り物はそれからほぼ毎時間帯届くようになる。

メイド達は「お馬鹿さん達がいたものですね〜」と嘲笑い、ビバルディは「世の女どもは阿呆しかいないのか?」と最早呆れかえっていた。
ブラッドにこの手紙を見せつければ、彼は憤慨し即刻手を下しに行っただろう。
アリスは彼にこの世界の何より愛されている自信があった。自惚れではない。事実だ。
彼の愛を無条件で信じられるようになったほど、アリスはこの世界にこの屋敷に馴染み、それだけの時間を彼と過ごしてきた。

だからこそ、アリスは隠した。
その贈り物の数々を全て、ブラッドの耳にすら入らないよう隠した。
それだけの地位が今のアリスにはあって、アリスのためにと働く使用人も多くなっていたからこそできたこと。

嫉妬とプライドがごちゃまざになった感情。
遙か昔、贈り物を見る度に沸き上がったのはブラッドへの怒りだったが、恋は盲目・・・女の嫉妬とは怖いもので今はブラッドより女への怒りが膨れ上がる。

あの男は頭のてっぺんから足の先まで私のモノよ。
髪の毛一本だってあげたりしない。
何が私じゃ満足させてあげられないよ・・・
男の扱いなんかこれっぽっちも知らないけどブラッドの扱いなら誰より知ってるんですからね、日常生活、性格、嗜好、夜の営みまで全部!!

負けるもんかっ

アリスの思考はそれ一遍だった。
日に日に積み重なっていく贈り物を見て、自分はブラッドに不釣り合いだとか、似合ってないとか、遙か昔に味わった感情を時折思い出しながらも隠し続けた。

だがある日、その感情はぷつんと音を立てて切れた。
キャパシティオーバー。
自室に作ってもらったお風呂場で大声で泣いた。
薔薇園の隅の一角に、私のためにと変わった品種の薔薇を育ててくれたブラッド。
綺麗に咲いたからと花束にして贈ってくれて、枯らさずに飾っていたそれの花びらを全部千切って湯船に浮かべた。
それがまた敗北したようで悲しくて、なんであんな女達の誹謗中傷でブラッドに貰った薔薇を駄目にしてしまったんだと考えたら、涙は延々止まらなかった。

自分の力などたかが知れているのだと思い知った。
むしろ自分の力など何もないのではないかと思うほど・・・
結局自分はブラッドに守られてブラッドの力で生きているに過ぎない。
自分の価値が一層見えなくなって酷い自己嫌悪に襲われる。

目に物を見せてやるっ

血生臭いことは嫌いだ。
送り主に報復はできないけど、全部全部壊してやる。

アリスはこの日、夫と同じようにやりたいことをやりたいようにやってみた。





「・・・気は済んだか?アリス」
「・・・・・・・・・」

あんなに大量にあった芋は全て各々の胃の中に収まってしまった。
贈り物も全て廃になり見る影もない。
芝生も一緒に焦げてしまっており、灰が辺りに散乱してしまったがまぁみんなで片付ければすぐ綺麗になるだろう。

アリスの心は晴れなかった。
言いようのない口惜しさが胸に広がって、思わずぼろりと涙が零れた。

ついっと目元を拭われそちらへ視線を向けると、ブラッドが眉を潜めて親指で流れた涙を拭う。
少しばかり機嫌の悪そうな、そんな夫の顔を見て、初めてアリスはすっと胸の内が軽くなったような気がした。

ほら、ね。

大事にされているのよ。愛されているの。
私が一番で私が唯一なの。誰にもあげない渡さない。
ブラッドには私しかいないの。

そう思ったら、更にぼろぼろと涙が零れた。
声は出ない。ただ水だけが頬を流れて、縋り付くようにブラッドへと腕を伸ばした。

ぼすっと夫の胸に顔を埋め背中へと両腕を絡めてしがみつく。
自分の腰に回された左腕と、頭に置かれた右手が心地よかった。

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
「はぁ・・・どうして私に言わないんだ」
「だっ・・・て・・・!」
「変な意地を張るからこういうことになる」
「そもそも・・・!ぶらっどが・・・っ」

私と結婚したのに他の女の人と食事したり、パーティでダンスしたり、軽口で艶めいたこと言ったり、ふわふわしてるから悪いんでしょう!?

「わー・・・最低だよ、ボス・・・」
「うん。最低・・・」
「んなっ!?てめーらブラッドを悪く言うんじゃねぇ!しかたねぇだろ!?そりゃ仕事で・・・!」

「仕事だろうがプライベートだろうが私にとっては変わらないわよこのウサギ!!!!」

「ウサ・・・!?ちがっ・・・だってアリス!」

「ただれすぎなのよあんた達の仕事は!!女を口説くのも利益の一つでしょうけど私という妻を軽んじ過ぎだわ!!」

女は利用価値がある。
政略結婚もそうだし、情報を掴むのだって閨事にでも侍らせば手に入る情報は多いはずだ。

女は情報を持っている。
マフィア・・・闇の世界には多いことだ。
腹立たしい事にこのモテにモテる夫はそういうことにも事欠かない。
なんて最低な男なのだろう。こんな男が世界で一番好きで愛していて、更に愛されている自分もほどほどに最低だと思うが理解と感情は別物だ。
頭では分かっていても感情が追いつかない。
仕事だろうが組織の利益のためだろうが、夫が女を口説き、持ち上げ、キスして閨に持ち込むことが我慢ならない。
というかキスまでいったら浮気だろう。そんなの断じて許さない。閨事?そこまでしたら私はこの夫を火あぶりにする。

「じゃあ私が仕事で他の男と食事して腕絡めて艶めいた軽口言ってたらどうするのよ!!!!」

アリスの叫びに、その場の空気は完全に凍った。
凍らせたのはもちろん彼女の夫で、彼は絶対零度の冷気を放ちながら己の妻を射殺しそうな目で見つめる。

「・・・君に、そんな仕事はさせない・・・」
「っそういう問題じゃないわよ!」
「あぁ・・・分かっている。とりあえず、そこに散らばっている手紙の主達は全て殺してこよう」
「!!」

涙が引っ込み唖然と夫を見上げるアリスを余所に、ブラッドは使用人へと指示を出す。
「ちょ、待ってよ」違う、そんなことがしたかったんじゃない。
アリスはそう言いたかったが、ブラッドの言葉に「待ってました」と言わんばかりに使用人とメイド達は身を乗り出した。

「アリス。私は君を愛している」
「っ」
「私の時計は君のものだ。全てを君に捧げよう」

だが・・・

「私はこの組織に愛着を持っている。支えなければならないし、広げもしたい」

ブラッドは真剣だ。
心が軋む音がする。

「仕事は――仕事だ。事情があれば・・・そうだな。君の嫌がることもするだろう。だが断じて浮気じゃないぞ」
「そんなの・・・」

浮気だ。私以外の女に。

言いたいけど言葉にならない。また溢れた涙は絶望に近い。

「浮気じゃない。女はみんな殺しておこう。耐えられない嫌だ辛いと思うなら・・・君が私を殺せ。この時計は、君に捧げた―――」

反論する暇もなく、言い終わると同時に降ってきた口付けは甘かった。
言い様のない感情に涙は溢れたままだったが、男のキスを受けていると何だか色々どうでもよい気分になってくるから不思議なものだと思う。

結局アリスはブラッドに甘い。
ブラッドもアリスに対して甘いが、その逆も同等なのだ。

好き。愛している。この男の全てを手に入れたい。

ブラッドが他の女をどんな風に扱おうと、結局アリスは彼を嫌いにはなれなくて・・・
自分の見えない所でやってくれればいいだとか、その分私への愛を囁き続けてくれればいいだとか、砂糖に塗れた思考回路がアリスの正常さを失わせる。


「君だけが――私の唯一だよ、アリス」


他の女にも言ってるくせに。


そう反論すると「私は悪党だからな」と涼しい顔をして微笑む。

「だが君には、真面目で誠実な夫だ。嘘なんか吐かない」
「・・・・・・・・・」
「マフィアのボスではなく、ブラッド=デュプレ個人として私は君と結婚した」

いつの間にか、エリオットや双子はおろか、普段はせわしなく働いているはずの使用人達までもがいなくなっていた。
太陽の出ていた昼から時間帯は夕方に変わり、未だ火のくすぶっている焦げた贈り物だけがそこにある。

なんだか無性に――ブラッドに抱かれたい気分になった。

今では随分と慣れてしまった・・・好きか嫌いかと言えば正直好きだろうと思う愛ある行為に理性を奪われてしまいたかった。
ほうっと静かに息を吐き、焦げた贈り物の山を見てアリスは思う。

「結局私も――恋に狂った馬鹿な女の一人よね」
「・・・あぁ、私も狂っているとも。君に、ね」

その後、数時間帯に渡って血の雨が降った。






□■□





「奥様〜また贈り物が届いています〜」
「・・・・・・・・・」

また、届いた。

が、数と頻度はかなり減ったなとアリスはその包み紙を見て溜息を吐く。

「また焼き芋大会しましょうか」
「バーベキューでもいいですね〜それならボスも来てくれますよ〜」
「・・・そうね。目の前でにんじんを焼いてあげなきゃ」

最近、何がおこってそうなったのかアリス本人に贈り物が届いた。
「は?私に?」と思わずその贈り物を手に取ろうとした瞬間、けたたましい音と共に蜂の巣となったその贈り物を思い出す。
どこかの貴族の侯爵だか伯爵だかがパーティでアリスを見かけて贈ってきたものらしいが、どうやらその男はアリスが帽子屋の女だということを知らなかったらしい。
男の末路は言うまい。たった一個の贈り物でそこまでするかと思ったが、アリスの夫は声も出ないほど怒っていた。

アリスは夫に贈られてきたプレゼントの数々をつんつんと突っつきながら、自分がブラッドほど嫉妬心と独占欲の強い自分勝手な人間でなくて良かったと再度溜息を吐く。
そりゃもちろん独占欲は人並みにあるし、嫉妬だってガンガンする。
だけれど血生臭いことが嫌いな分、夫のような報復をしようとは露も思わない。

(私がブラッドの奥さんで良かったわね)

名前も顔も知らない贈り物の送り主にそう呟くと、アリスはその贈り物をぽいっと無造作に倉庫の中へと放り込んだ。

「今日の贈り物は2つね。かける10して今から20時間帯。家出しましたとブラッドに伝えて頂戴」
「かしこまりました〜」

恭しく頭を下げるメイドに背を向けてアリスは屋敷の入り口へと足を進めた。
贈り物が来ていることに気づいたブラッドに邪魔されては堪らないと自然と足は速くなる。

贈り物の数と頻度はかなり減った。
ブラッドがあの手この手で断りなおかつ隠しているのだから当然だ。
贈り物一個にかける10時間帯アリスが家出すると決めてから、それはもう減った方だと思う。

最初からこうしていれば良かった。

嫉妬を全面に押し出して、家出すればブラッドは追いかけてくれる。愛を確認できる。
贈り物が来なければこないほど、彼の涙ぐましい努力のおかけだとこれまた愛を実感できる。



「20時間かー・・・エースと旅でもしようかな」



ぐーっと背伸びをして門を出ると、清々しい青空に胸がすく思いがした。



Incontro al forno di patate

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嫉妬を前面に押し出してくるアリス可愛いと思います。

2015.05.31