ブラッド=デュプレという男は、妻に対して中々寛大な所がある。
妻も妻で夫の機嫌が何で損ねられるか分かっているため配慮している部分もあるが、それでも割と寛大な方ではないだろうか。
まぁ確かに?
無断で友人の所に遊びに行って何時間も帰ってこないとか、そういうことをすれば怒ることもある。
だが夫の機嫌を取るということに対して、戸惑いも躊躇も羞恥心もなくなった妻にその怒りは持続しない。
しおらしく謝ってキスでも強請り甘えてみせれば、そりゃ数時間はベッドの上に拘束されるもののその程度。
怒鳴られたり手を上げられたり、無視されたりとか追い出されたりとかするような夫ではなかった。
何より、夫をほったらかして遊びに行く、という事態がない限り夫は妻に対して不機嫌にならない。
正直な所、妻はこれを利用している部分もあった。
素直に甘えられない時とか、仕事ばかりして構って貰えない時だとか、妻はわざと夫を怒らせようと外へ出る。
それ以外は基本的にどこへ行くかだとか何時間帯で帰るだとか、きちんと報告して外出しているのだ。
利用している妻も妻で、あっけなく引っかかっている夫も夫。
夫婦円満と言えばその通り。
新婚時代よりもよほど新婚らしい――いつまで経っても甘ったるい夫婦仲。
恋をすると人は馬鹿になるというが……些か馬鹿になり過ぎている二人を咎める者もいない。

話が逸れた。
とにかく、ブラッド=デュプレという男は妻に対して実は中々寛大なのだ。
昔は束縛が過ぎると思っていたが今となっては何てこと無い。
断りを入れれば多少不満気な顔をするものの許してくれるし、頑として何か聞き入れてくれなくとも「私を信用してないのね!」と嘘泣きの一つでもしてみせればコロリと騙されてくれる。

訂正しよう。
寛大というよりちょろい。
とにかくアリス=リデルにとって、ブラッド=デュプレという夫はそういう男だった。
この世界に飛び込んできてどれほどの時間が経ったか定かではないが、アリスは成長し、逞しくなり、図太く図々しく、手のひらで夫を転がしながら今日も割と機嫌良く生きている。






エイプリルシーズン。
恩赦の季節。
冬の帽子屋領に、そのちょろ……寛大な男はそこにいた。

屋敷内はクリスマス一色。
上司に似てだるそうにしながらも案外凝り性の部下達は、暇を見つけてはこのだだ広い屋敷を飾り付け、一体どこから持ってきたのか常緑の針葉樹を庭中に立ち並べている。
子ども達にはサンタと呼ばれる赤い服の老人がプレゼントを配り歩くと言われているが、今現在赤い服を着て庭を徘徊している男にはウサギ耳が生えていた。
その肩にはプレゼントが入っているのであろう大きな袋。
その隙間から所々緑……いやオレンジの面積が多いな。
視界に入れることさえおぞましいモノが詰まっているらしく、一体誰に配ろうというのか謎である。

とにもかくにも屋敷中がイベント事を楽しんでいる中、自分の奥さんも当然その内の一人だった。
毎時間暇を見つけてはお菓子を作り、街に繰り出しては包装紙を買ってきたりと、忙しなく動き回っている。
一体誰に配ろうというんだと不満を漏らしてみても、返ってくる返事は屋敷の連中だの友人だのお世話になった人だの……
だがそれを「駄目だ」と否定し妨害できていた時期は過ぎ去ってしまった。
強く逞しくなりすぎてしまった己の妻は、それを満弁の笑顔で躱し「ブラッドにはまた特別なものを用意しているから」と言って去って行く。
自分が気に入らないことと妻の機嫌を損ねること、どちらが不利益かと言えば断然妻の機嫌を損ねることだ。
彼女はもう力の持たない余所者ではなく、ブラッドの嫌がることをさせたら一級品。
おまけにすぐ意地なる性格は変わっておらず、家出でもされたら堪ったものじゃない。

結果、ブラッドはアリスの行動を咎めないで傍観していたわけだが、気分が悪いと言えば悪かった。



「………………」

机の上には、アリスに「味見して」と渡されたクッキーが置いてある。
休憩の合間合間に食べていたが、未だ数枚残っているそれを見ながら、ブラッドは「プレゼントか、」と呟いた。
ブラッドには特別なものを用意していると言ったアリス。
他の人間には手作りのクッキーと決めて配り歩くようだが、当のブラッド本人には何を用意してくれるのか聞いていない。
茶葉かティーセット……その辺りだろうと予想はしているが、まぁアリスがくれるものなら何だって嬉しいし、くれるというのならお返しも必要だろうと思いながら紅茶を飲む。

ブラッドからアリスへのクリスマスプレゼント。
物欲のない彼女に贈り物をするのは難を極め、洋服や宝石の類いはあまり喜ばないということも知っている。
本を贈った時の方がまだ喜んだくらいで、それを言えばブラッドの育てた薔薇を花束にして贈った時の喜びようは凄かった。
つまり安上がり。
いくら金をかけても決して喜ばないし、むしろ困ったような顔をするのだからその辺の女とは似ても似つかない。
新しい品種の薔薇……薔薇でなくとも、また花束を作るかとも考えたが、今の帽子屋領内は冬である。
植物が育つ環境に適さない今の季節に、その案は早々に却下された。


プレゼントを運んでくれるのはサンタクロース。
いっそその趣旨を乗っ取ってしまおうか。
サンタクロースはクリスマスの夜に、良い子のもとへプレゼントを持って訪れるとされているが、悪い子は罰として攫われるという言い伝えもある。
アリスが良い子か悪い子かと問われればもちろん悪い子だ、ブラッドにとって。

何せ毎時間毎時間他人にあげるお菓子とやらのために、夫を放ったらかしにする妻。
これを悪い子≠ニ言わずしてなんというのだろう。



……攫うか。



そして、閉じ込めてしまおう。
他の男の元へなどいけないように、攫って、閉じ込めてしまえばいい。
アリスが機嫌を損ねる?
いやいやこれは歴としたクリスマスのイベント事だ。
ブラッドはその趣旨に添って行動しているだけで、誰に咎められる云われもない。

言い訳と屁理屈を語り始めたら右に出る者はいないと言われるブラッド=デュプレ。
そうと決めたら即行動。
幸いにして夜である今の時間帯は、ブラッドにとってこの上なく好都合だった。





□■□





自室のテーブル一杯に積み重なった包装紙とりぼんの山。
どの組み合わせにしようかなと思いながらも、アリスは電気を消してばさりとベッドの中に潜り込んだ。
どうせ今すぐラッピングをするわけではないし、それよりも次の時間帯にはやりたいことがある。
ふわりと欠伸をしながらシーツの海に身を沈め、それほど時間も経たぬ内にゆらりゆらりと意識が途切れ途切れになってきた。
夢と現実の狭間で彷徨いながら、アリスはもぞりと身動ぎする。

あぁ、もう寝れる。

はっきりとした意識のない中でそんなことを思っていると、ふと――ガチャリと自室のドアが開く音がして、一瞬だけアリスの意識は浮上した。
ノックもなし……?なんて不躾なと思いながらも、アリスは起き上がらない。
押し寄せる睡魔は凶悪で、ここ最近忙しく動き回っているアリスの体力では、それに抗うことが到底できないでいた。

ゆっくりと、何かが近づく気配がする。

さらりと頭を撫でられ、何かがのし掛かってくる感覚に、アリスは(あぁ本当にこいつは、)とその細い腕をゆっくりと持ち上げた。




「――いらっしゃい、ブラッド。遅かったわね」


パっと灯りのつく室内。
その眩しさに電気を点けたアリス本人が顔を歪めながらも、枕元に置いていた赤い帽子を取って、ぽすんっと目の前の男に被せてみた。
もちろん、あの奇妙な帽子は容赦なく叩き落として、である。


「あぁ結構似合うわね」
「……これは?」
「サンタクロースの帽子」

いいでしょう。手作りなのよ。


にっこりと笑うアリスに、ブラッドは眉を顰めて訝しげな顔をする。
これが不機嫌面ではなく困惑した顔だと気付いたのはいつだったか、思ったことがすぐ顔に出る夫のことなど、妻は何でもお見通しだ。


「…………何故分かった?」
「ん?」
「私が来ると、分かっていたんじゃないのか?」

それとも、まさかこの帽子が私へのクリスマスプレゼントとかそういう……


更に体重をかけてのし掛かってくる男の顔を押しのけながら、アリスは「いつか来るとは思ってたわ」と、今度はどこからともなく白い綿で作られたひげ≠取り出してきた。
が、ブラッドの顔にくっつけようとすると、彼は慌ててその背中を仰け反る。


「……何よ。貴方サンタクロースでしょう?衣装だって用意して……」
「用意周到過ぎるだろう……!」
「私を攫いに来たんじゃないの?サンタさん」
「……赤い帽子に赤い服、おまけに白いひげまでつけた男に攫われるのがお好みなのかな?お嬢さん」


「赤々しくてビバルディとお揃いみたいね」と軽口を叩くと、「そういうことではなくてだな、」と苦言めいた言葉が返ってくる。
「お嬢さん」などと口走ってくるくらいだ。
ブラッドがよほど慌てている、というより混乱しているのが見えて、アリスは思わず鼻で笑ってしまった。



「芸がないわね」

「……………」



サンタクロースはクリスマスの夜に良い子のもとへプレゼントを持って訪れるとされているが、悪い子は罰として攫われるという言い伝えがある。
ここ数時間、アリスはブラッドを放置して走り回っていた。
久しぶりの恩赦の季節。
サーカスは好きだし、それによって行われる領土事のイベントは毎回楽しみにしている。
今回帽子屋領は冬で、クリスマスをやるとブラッドに聞いた時から、アリスは友人達に贈り物をする絶好のチャンスだと思ったのだ。
贈り物をしたい人、お世話になっている人は沢山いる。
一人一人に物を用意することはできないので、屋敷のメイドさんと相談してお菓子を配ることに決めた。
結果ブラッドを暫く放置するという事態が生まれたわけだが、この事態をアリスが重くみないわけがない。
アリスに構って貰えないブラッドはいつだって分かりやすく拗ねてくれるし、不機嫌にもなる。
昔はそれが堪らなく鬱陶しかったのだが、今となっては夫の可愛い所だ。
一体どれほどの時間を、アリスがブラッドと過ごしてきたと思っている。
彼の考えていることは大体分かるし?
アリスに構って貰えないブラッドがどんな行動に出てくるかなど、少し考えれば分かってしまうほど分かりやすい夫なのだ。

文字通り、芸がない。
サンタクロースと称してアリスを襲いに来るなどと、分かりやす過ぎて笑ってしまう。


「サンタクロースなんでしょう?」


私が作った衣装。
全部着てくれたら攫われてあげる。


「ほらあそこ」と指差せば、部屋の隅にサンタクロースの衣装が被せられたマネキンが一体。
若干ブラッドの表情が引きつっているが、彼はあれを着てアリスを攫ってくれるだろうか。


「……なぁ、奥さん」
「なぁに?」
「このまま……私に攫われてくれる気はないのか?」
「イベント事に則ってサンタクロースならまだしも、普段の旦那様に攫われる気はないわ」

そんなことしたら、怒るわよ?


自分が気に入らないことと妻の機嫌を損ねること、どちらが不利益かと言えば断然妻の機嫌を損ねること。
言い訳と屁理屈を語り始めたら右に出る者はいない夫だが、その言い訳も屁理屈も全て封じてくるのがこの妻だ。

するりとブラッドの首に両腕を回して、今にも唇が触れ合いそうな位置でアリスは「どうするの?」と囁いた。
普段なら理性的ではいられなくなるシチュエーションも、ブラッドの視界にちらちらと入ってくる妻の手作り衣装が邪魔をする。


「今夜中に選んでね。出直しはなしよ」
「!!」
「紅茶でも飲む?まだクッキー余ってるのよ」


ひょいっとベッドから降りようとする妻を、ブラッドには引き留める術がない。
この世界に飛び込んできてどれほどの時間が経ったか定かではないが、アリスは成長し、逞しくなり、図太く図々しく、手のひらで夫を転がしながら今日も割と機嫌良く生きている。



理性の獣に引き摺り込まれた寝台

material from Quartz | title from 模倣坂心中 | design from drew

水野あい様からのリクエスト
サンタと称してアリスの部屋に忍び込んで襲おうとして芸がないわねって言われるブラアリ

ブラッドのことなら何でも御見通しのアリスだからこそ言える台詞かな、と
ボスって割とちょろ……い人間だと思うのは私だけでしょうか?(・ω・`)(言い直しもしない)
こんな感じでごめんなさい!!この度はリクエスト頂きありがとうございました!

2015.12.25