「――――――――」

目が覚めて、むくりと起き上がり身震いする。

……寒い。

ちらりと横を見れば、布団を独り占めして寝息を立てている家主の姿。
ぐいっと掛け布団を引っ張るも、がっちりくるまっているアリスからはそれを奪い取れそうにない。

深夜2時。
眠い。眠すぎる。
でもそれより何より寒くって、ブラッドはきょろきょろと辺りを見渡しベッドから降りた。

8月中旬。夏真っ盛り。
朝だろうと昼だろうと夜だろうと四六時中暑いこの季節が、ブラッドは死ぬほど嫌いだった。
本来は冷房も余り好きなタイプではないのだが、このうだるような暑さに身を任せるよりはよほどマシ。
ブラッドとアリスは同じベッド、同じ布団で寝ているため、どうしても暑さが増してしまう。
結果寝ている時もクーラーをつけることにしているのだが、何をどう間違ったのか設定温度が狂っているらしい。

ソファでエアコンのリモコンを見つけたブラッドは、それを見つけてふわりと大欠伸をした。
眠い……おまけに寒い。
だが切ってしまうと今度は絶対暑いので、設定温度を上げるだけに留めておく。

が、

「―――――――――」

ぽちぽちとリモコンを操作するも、いつもなら鳴るピッピッという音が響かない。
おまけに温度も下がらない。もちろん上がりもしない。
そして電源さえ切れないのだから―――まさか壊れたのかとブラッドは眉を顰める。



「アリス――」

エアコンが壊れた。

正直ブラッドではどうしようもない事態に、家主を起こそうと再度ベッドにのし上がる。
起こした所でどうなる問題でもないのだが、ブラッドは寒いのだ。
せめてその布団を返してくれと、リモコンをソファへ放り投げてブラッドはアリスの顔を覗き込む。

「アリス――」

だがアリスは起きない。
布団にくるまって、気持ちよさそうに寝息を立てている彼女の憎らしいこと。
私がこんなに寒い思いをしているのに……
一人だけ気持ちよさそうに寝ているアリスの姿に、ブラッドは眉を顰めたまま思案する。




3分くらい考えただろうか。
正直寒くてそれ以上考えられない。

(――寒いから……)

そう。寒いから。
寒いから仕方が無い。悪いのは寒さだ。そして壊れたエアコン。

するりと――此方に背を向けて寝ているアリスに擦り寄る。
右手を彼女の腹に伸ばしてぐっと引き寄せれば、密着した所から分け与えられる体温。
それがあまりに気持ち良くて、アリスの首筋に顔を埋めて息を吐く。
その瞬間もぞりとアリスが身動いだが、起きる気配はなく、ブラッドはここぞとばかりに彼女をぎゅうぎゅう抱きしめた。

ふわりと漂うアリスの香りが心地よい。
冷えた身体に与えられる体温も、その鼓動も――
自身の腕にすっぽり収まるアリスのサイズは丁度良くて、いい抱き枕を見つけたとブラッドは口元を緩めた。





□■□





「う〜ん……壊れてるわね」

ぽちぽちとリモコンを押すアリスを背後から抱きしめながら、ブラッドは「そうだろう?」と呟きその首筋に顔を埋める。
時刻は午前7時。正直まだ眠い。あとやっぱり寒い。
ベッドの上で二人座った状態だが、ブラッドは昨夜の名残から頑としてアリスを離そうとせず、アリスもまたそんなブラッドに為すがままの状態だ。

「……ねむい」
「っもう、ブラッドそんなに引っ張らないで」

アリスを布団に引きずり込んで、二度寝の体勢に入りたいブラッド。
その目はどこか虚ろで、よほど眠いのかアリスにべったりくっついて離れない。

「折角広いベッドを買ったのに、こんなにくっついてたら意味ないじゃない」
「……寒いんだ」
「布団被ってなさい!」

私起きるから!!!

ベッドから這い出ようとするアリスを、ブラッドはがっちり捕らえて「駄目だ」と言う。

「子どもじゃないんだから…っ一人で寝なさい!」
「抱き心地の良い枕を手放す理由がない」
「人を抱き枕みたいに言わないで!!」

背後から両腕でがっちり抱きついてくるブラッドにアリスは悲鳴を上げる。
手つきにいやらしさがない分安心だが、寝ている時ならまだしもこう意識が覚醒してから抱きつかれるとやりにくい。
相手は犬とは言え年頃の男子。配慮しない方がおかしい。

「別にヤらせろと言っているわけじゃ―「殴るわよ」―ますます手を離したら危なそうだな。私と二度寝してくれ、アリス」

碌でもないことを言うブラッドに思わず低い声が出る。
危険を察知したブラッドは、アリスを拘束する力を強めて「落ち着け」と言った。

いやいや、この状況で落ち着けはおかしい。
むしろ正気に戻れとアリスがブラッドに言ってやりたいくらいだ。

最近アリスの犬は幼児化が始まっている。
妙に甘えてくるというかべたべたうろうろ、アリスアリス構え構えと正直な所鬱陶しい。
だが最初の、可愛げがなく扱いづらいクソガキだった頃よりはマシだと思っているのも事実。
アリスも大概ブラッドに甘くなっているというか、そこそこに可愛がっている。

あぁ、本当――寝て起きたら抱きしめられていても、驚かない程度には可愛がっているさ。

アリスの犬。
アリスのペット。

アリスがいないと何もできない――元野良犬。



(エアコン買い換えるお金なんてあったかしら……)

修理……するより買った方が安くつく場合もある。
このエアコンも実は結構年季が入っているのだ。
一ヶ月弱前にベッドと本棚を買って……あとブラッドにどうしてもと強請られて高い買い物もした。
ペットってこんなにお金がかかるのね、と再度認識しながら……アリスの瞼もうつらうつらと下がってくる。
耳元で聞こえてくるブラッドの寝息。
密着した所から分け与えられる体温が気持ち良くて――あぁもう、アリスの感覚も大概麻痺していた。

おかしい。おかしいからこの状況。

だがそれに甘んじているアリスが――やっぱり一番おかしいのだと、アリス自身気付いていた。



醒めて褪めて、さめて

material from Quartz | title from 模倣坂心中 | design from drew

エアコンがんがんにつけて毛布くるまるのきもちいい。

2015.09.12